ヴェネツィア
ヴェネツィアかつては海上に浮かぶ孤島であったが、
オーストリア帝国治世下の1846年にイタリア本土との間に鉄道が引かれ、後に自動車用道路の
「リベルタ橋」も引かれ、
イタリア本土との往来は容易であります。

ただし、ヴェネツィア本島内は車での移動は不可能であり、
自転車の使用も禁止(乳母車、車椅子は可。また、カンポ(campo)と呼ばれる広場では子供用自転車の乗り回しは可。)されていますため、自家用車はリベルタ橋をわたったすぐにある「ローマ広場」の駐車場に置いて、島内を徒歩か船舶で移動することになる。
運河が発達していますこともあり、主な交通機関は必然的に船になり、水上路線バスの「ヴァポレット(Vaporetto)」や水上タクシーの「モトスカーフィ(Motoscafi)」、大運河の岸と岸を渡る渡し舟「トラゲット(Traghetto)」が、大運河、および、ヴェネツィア湾内を縦横無尽に走っています。警察もボートで警邏を行う。

運河に面した玄関を持つ建物も多い。
なお、ゴンドラと呼ばれる手漕ぎの舟が有名だが、現在では一部の渡し舟を除き観光用途で運行されています。
現代のヴェネツィアは、他地域への人口流出、水害や地盤沈下、大気や水の汚染、施設の老朽化など多くの問題に直面しています。
1966年の大水害の後には、歴史的な町をまもるための国際的な運動がユネスコの主唱で組織された。
大潮、気圧の変化、そして、アドリア海を南から吹く風「シロッコ」の3つの要因が重なると、「アックア・アルタ(acqua alta、高水の意)」と呼ばれる高潮がヴェネツィア湾で起こる。

このとき、ヴェネツィアの街中まで水が入り込み、特に一番低い「サン・マルコ広場」は水没する(広場や道路には臨時の高床が組まれ、通行を確保する)。

過去に北の対岸の本土マルゲーラ地区で工業用の地下水のくみ上げが行われたことにより地盤沈下が起こり、アックア・アルタによる洪水の水位が1m以上になったこともある
ヴェネツィア本島は大きな魚のような形をしており、本島全体が小さな島々から出来ています。その真ん中を全長約3kmにおよぶ逆S字形の「大運河(カナル・グランデ)」がヴェネツィアの北西から南東へ、市街を2つにわけながら湾曲して流れる。

鉄道路線と土手をはしる車道が島々と本土をむすび、ラグーナの外側の長い砂州や海岸の防波堤がこの町を海からまもっています。
多くの運河が島々をわけ、その数は177にのぼり、運河には400におよぶ橋がかかる。また市街地と南端のジュデッカ島の間には幅約400mのジュデッカ運河がある。
地上では、迷路のように狭くてまがりくねった路地や通りに自動車ははいれず、橋も歩行者専用であります。
何世紀もの間市内の輸送をになったのは、
ゴンドラであった。
今は水上バスやフェリーボートが市民や貨物をはこんでいますが、ゴンドラも観光に利用されています。
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